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名京銀輪稼働・まとめ [あの日あの時]

2006.11.15 Wed 23:29

ニートトライブ・HOUSE FRIGGERが胎動を開始する発端ともなった、名京銀輪稼働シリーズ、ようやくめでたく終結と相成りました。しかしこの企画、一体なんだったんでしょうか。
改めて考えてみても、いい年こいた野郎2人が(何故か)大晦日に(何故か)名古屋から地元京都までを(何故か)自転車で疾走してみるというだけのしろもんであり、趣意や意義なんてどこにもありゃしません。
名古屋-京都間を自転車で走る意味、その一部始終を撮影する意味、その本質が解き明かされることは永遠になさそうです。

1回目の2004年大晦日は、悪天候のために行程の約半分で撤退となりました。それほど残念ではありませんでしたが、大雪の中、はぐれたチャリンコ隊を徒歩にて捜索した撮影隊までもが全身びっちょびちょになり、着替えなど持たない4人のやる気はほいーんと霧散してしまいました。どっちにしろあの積雪ではどないしょもなかったわけですが。
そこからの帰路は、ワゴン車でもないふっつーの狭い車に自転車2台を無理から押し込み、ずぶ濡れのおっさん4人が無理から乗り込むという、乗車率200%の悲惨な状況でございました。その辺の画も撮れていればおもしろかったのですが、あん時はカメラを回す余裕など全然ありませんでした。みるみるうちにカサを増していく道路の積雪量にビビりまくり、全員での撤収作業に必死だったもんで。

そんなこんなで2004年の挑戦は惨敗に終わり、翌2005年の同じ日にリベンジを果たすべく、再び名古屋に向かったわけです。
なんのこっちゃない旅モノではありますが、五条坂の上から京都の街が望めた時には、それなりに感慨深くはありました。
2年越しで旅を完遂できるという喜び、これで帰って眠れるんだという安堵感、ひたすら頑張り続けたチャリンコ隊に対する畏敬の念。その瞬間には、そんな感情がぐるぐると渦巻き、なんとも言いようのない清々しい気分になったものです。眼下に広がる京都の街灯りが涙で潤んで見えない、なんてことは全くありませんでしたが。


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